いい男かどうかは文化力で判断する

文化力・経済力・体力の3つの要素が並列にあるわけではありません。

文化力とともに経済力も体力もあります。「文化力があると、貧乏でもいいのか、体力がなくてもいいのか」という議論は必ず出てきます。

それはありえません。文化力のある人は必ず体力も経済力もあります。

日本の中で唯一そのことが理解されていたのが平安時代です。文化を持っている人が経済力も体力も持っていました。

でも、現時点における日本の女性は、文化を重視する人、経済力を重視する人、体力を重視する人に分かれています。

むずかしい本を読んでいる人がモテた時代がありました。文化度のある人がモテない社会は、つらい社会です。日本は経済力があってもモテません。それは、日本という国は経済力ではモテないという女性の高い意識レベルがあったからです。

外国の場合は逆です。経済力を手に入れることによって、文化も手に入れようとします。

経済力のある人は同時に文化を持つことも可能です。ところが、経済力だけでモテようとする人たちもいます。その人たちはひたすらプレゼントだけでいきます。

フランスは文化の国ですが、もともとは経済力の弱い農業国です。政治家は文化人と友達であることを必ずアピールします。文化人の友達がいない政治家は国民の支持を得られず、投票してもらえません。

ひたすら文化人とかかわり合おうとし、文化的な世界にボランティア活動をしたり、スポンサーになったりします。そもそもフランス・東欧・イギリスの貴族社会は文化で維持されていました。

経済力はありません。

貴族はキャッシュを1円も持っていません。預金も何もないので一見貧乏に見えます。ところが、家の天井が国宝なので家を改装することもできません。国宝の天井は、キャッシュを1つも生み出さないのです。でも、高い文化力があるのです。

尊敬の対象として見るということは、その人の社会的地位や今どれだけ仕事ができるかではありません。

相手の根性や魂を見ることです。「魂」とは、「根性」です。

「尊敬できる人は女性でいうと誰ですか」と聞くと、男性は「母親」と言います。母親以外に尊敬できる人を見つけることです。母親を挙げるのはただのマザコンです。母親を母親としか見られない人は、女性を母親のかわりとしか見ることができません。

モテる男性は、「自分はマザコンですから」と堂々と言えます。北野武さんもデューク更家さんも「僕はすごいマザコンですから、魔性の女に弱いんですよ」と言います。それは明らかに母親を客観視しています。

本当のマザコンの人は、「マザコンじゃないの」と聞くと「マザコンじゃないよ」と必死に否定します。

母親を、自分の親としてではなく1人の女性として見た時に「この人は根性の人だった」と思えるのです。

根性の魂を持った人は、女性としても、人間としても尊敬できるのです。